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体育教師のお尻叩き

 高校三年生の時の体育は最悪でした。そこそこの進学校だったため、基本的に体育なんて勉強の気晴らしみたいな位置付けで、事実、一年生の時と二年生の時は、ほとんど自由時間でした。しかし三年生になると担当の先生が替わり、体育の授業が一変してしまったのです。その体育教師は、私たち女子に対しても容赦なく体罰をする鬼畜でした。独身の中年男性です。小太りで、頭が禿げ上がっており、もう一生結婚することはできないと思います。なにより、すぐキレて怒鳴るような性格ですし。仮に結婚できたとしたら、相手が可哀相です。まあ、そんな男の生徒になってしまった私たちも充分に可哀相なんですけれど。
 体育の授業は、2クラス合同で行われるのですが、男女それぞれに担当の教師が居ます。どちらも男です。男子担当の先生は、わりとテキトーな感じで、たとえばサッカーをするのであれば、準備体操を終えたら後は勝手にやらせておくだけでした。やる気のない男子が参加せずに校庭の隅に座り込んで喋っていても、特に注意はしません。黙認状態です。
 私たち女子も、二年生の時まではそんな感じでしたが、三年生になってからはサボリなんて許されるような雰囲気では全くありませんでした。準備体操の時点でもうピリピリした空気です。2クラスの女子31人の動きに少しでも乱れがあろうものなら、罵声が飛んできます。私たちは緊張の中で準備体操をしなくてはなりません。しかも、先生の機嫌が悪い日は、お尻を叩かれることがあります。ブルマー越しに竹刀を叩き付けられるわけです。さすがに手で直接触れてくることはありませんけれど、性的な部分に暴力を振るわれるのは屈辱でした。普通に痛いし。
 体育の日に休んだり、授業を見学したりすると、後日に居残り授業が課されます。これが辛くて、みんな、多少体調が悪いくらいでは無理をして出席をします。けれど生理の重い子はどうしても出られない日があります。私もそのひとりでした。月に一度か二度は居残りを食らってました。大抵は、ひとりかふたりです。そんな人数ではまともな体育なんてできないので、やることはいつも決まっていました。行進訓練です。体育祭なんかで入場する時にやらされるアレです。それを、グラウンドで何時間も延々とやるのです。放課後のことなので、周りには陸上部やサッカー部の部員が居ます。その中を行進していくこと自体、とても恥ずかしいことなのですけれど、先生に竹刀でお尻を叩かれながらなので、余計に恥辱が増します。体育教師は、「もっと足を上げろ!」とか「手が下がってる!」とか頻繁に怒鳴りながら、何度も何度も竹刀を振るいます。お尻を叩かれた生徒は、「はい!」と言ってそのまま行進を続けるのです。そういう決まりです。「はい!」としか言うことを許されていないのです。グラウンドの隅から隅まで行進している間中、ずっとお尻を叩かれているわけなので、その痛みは尋常なものではありません。手で触って確認するまでもなく、お尻が腫れ上がっていることが分かります。それでもなお、そこに竹刀を叩き付けられ続けると、だんだん慣れてきます。というか、感覚が麻痺してきます。叩かれているのは分かりますし、痛みもありますが、なんだか自分のお尻が自分のものではないような錯覚がしてくるのです。
 周りの部活が終わり、部員の姿が消えても、行進はなかなか終わりません。居残りが私ひとりの時は、先生とふたりっきりでグラウンドを進み続けます。辺りが真っ暗になってからようやく解放です。先生が「よし終わり!」と言うと、私は「ありがとうございました!」と言って深々と頭を下げます。ここで初めて「はい!」以外の言葉を口にできるわけです。先生はさっさと体育教官室に戻っていくので、私も着替えます。しかし校舎はとっくに施錠されています。だから仕方なく体育館の裏でセーラー服に着替えることになります。もう真っ暗とはいえ、野外での着替えには抵抗があるのですけれど、お尻は痛いし身体も疲れ切っているので、深く考える余裕はありません。
 初めての居残り授業が終わって、体育館の裏で自分のお尻に手を当てた時、私は思わず悲鳴を上げました。竹刀で叩かれていた時はなんとか我慢できていたのですが、不思議なことに、ひとりになった途端、軽く触れただけで、耐え難い激痛に襲われたのです。これは、そのあと何度経験しても同じでした。居残り授業が終わって緊張が解けたせいなのかもしれません。お尻は腫れ上がり、普段よりも一回りは大きくなっていましたし、少し硬くもなっていたので、考えてみれば、我慢できる程度の痛みで済むわけがありません。私は体操服の上にセーラー服を着込んで、のろのろ歩きで帰宅しました。それまで意識したことはなかったのですが、歩いていると、お尻と下着が微妙に擦れます。ほんの些細な刺激とはいえ、その時の私には激痛です。家に帰り着くまでに何度も足を止めることになりました。
 なんとか家に辿り着き、部屋で下半身裸になり鏡でお尻を見てみたら、驚きのあまり目を見開いてしまいました。赤くなっているだろうと思っていたお尻は、紫色になっていました。赤も混ざっているし、黒っぽい感じもしました。たぶん最初の頃は赤く腫れていたと思うのですが、その状態からさらに叩きまくられて、どんどん内出血が酷くなり、青くなっていったのだと思います。パンツを履き直そうとしましたが、痛すぎて無理だったので、とりあえず腰にタオルを巻いて、小学生の妹の部屋から女児用パンツを勝手に持ち出しました。それならば締め付けも強くないので大丈夫だろうと思ったのです。実際、確かに履くことはできました。しかし、ヒリヒリとした痛みが纏わり付いてくる感じがしたので、結局は脱いでしまいました。その日はもう、晩ご飯も食べずお風呂にも入らず、ベッドの上でうつ伏せになりお尻を丸出しにしてずっと痛みに耐えていました。
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